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退職・渡米・強制送還・永住権


ここではアメリカ永住に至るまでの私のドタバタ経験をお話しします。これからアメリカに住みたいと考えてる方や働きたいと思ってる方に参考になれば幸いです。


退職 


大学を卒業し外資系製薬会社に入社。今、考えると多くのビジネススキルや経験を得られたこの8年間は私の人生にとって非常に大事な時期だったと思います。当然、会社での英会話クラスの先生だった奥さんとの出会いも。。。

サラリーマン5年目前後から色々な意味で余裕が出始めただ、会社で働く事よりもっと幅広く色々な事を経験しようと考えました。その中でも輸入の会社は時代の波に乗って成功しました。奥さんに会う為に日本-NY間を年に何度か往復してた訳ですが若いサラリーマンの給料では飛行機代も馬鹿にならないと思い始めたのが自分で仕事を始める切っ掛け。


ファッションに興味があったので洋服の卸業者さんを紹介してもらい何か素人にできる事はないかと尋ねたところ、NY旅行の毎にオーダーのモノをNYで買い付けてもらえれば、卸業者さんが買い取ってくれるという事。しばらく順調に注文通りの買い付けをし、買い取ってもらっていましたがある日突然、卸業者さんが全く買い取ってくれず多くの在庫を抱える事に。。。自分のアパートを埋め尽くすほどの商品。まったく予想もしなかった状況にしばらくショック状態でしたがこれをチャンスと考え、直接、売り先を自分で開拓する事を考えました。


次の日から地元の小さな洋服屋さんを、いくつも飛び込みで周り 1週間ですべてを売り切る事ができました。この事が自分に自信を与えたと同時に当然ながら卸業者さんに売るより利益が上がった事に気を良くし、製薬会社で学んだセールストークと持ち前の調子の良さ?で契約先のお店をどんどん増やして行きました。NYファッションをいち早く仕入れるバイヤーとしてスタート。当然、勤めている製薬会社には内緒で・・・。


ちょうどこの頃、アメリカモノが非常に流行りで何もかもバカ売れ、なお且つ円高(当時、1ドル80円)だった事も素人の小さなビジネスにとって大きな助けだったと思います。そのうち関東地域に30店舗近く持つ大きなチェーン店との契約が成立、一気に売り上げが倍増し洋服だけでなくスニーカー(ナイキ・エアマックス)、洋服(シュープリーム、アバクロ)、時計(US製G-ショック)、アクセサリー(クロムハーツ、グッチのサングラス、ルイ・ヴィトンバッグ、ティファニーなど)、雑貨やオモチャ(US製タマゴッチ)など流行りモノはすべて取り扱うようになりました。


いよいよサラリーマンの小遣い稼ぎでは言い訳がつかないほどのビジネスになり始めたと同時に勤めていた製薬会社は世界規模で他社を合併吸収する話が出始めており人員削減、早期退職推進の通達があるとの噂さが。。。

そこで早期退職推進の通達が出た時に辞めれば特別退職金でアメリカに自分の会社も作れると考え、タイミングを見計らって辞表を出しスムーズに退職。その上、特別退職金は通常の3倍という予想を遥かに越えた1000万円近い金額となり渡米への不安な気持ちも何処かに消え、すべてがニューヨークに向って走りだしました。




▼渡米-強制送還


退職が12月28日だったのでどうせなら年内中に渡米し、新しい人生のスタートとしてニューヨークでカウントダウンをし、新年を迎えようと考えました。


ただ、優雅に?暮らした8年間の独身サラリーマンの荷物はかなりのモノで(ベッド、ソファー、チェスト、オーディオコンポはもちろん何故か熱帯魚、海ガメ、それに車が2台、なんと!ジェットスキーも1台)半分以上は実家に送る事も考えましたが退職と同時にこのアパートを引き払うので手間を省く意味合いでスーツケース2つに入るだけの荷物を纏め、残りはすべて友人や後輩に頼んで処分しました。


最後にアパートを軽く掃除し、大家さんに鍵を返しすべてが終わったのが12月31日の朝。そのまま夕方の飛行機であわてて日本を出発。飛行機は贅沢にビジネスクラス!快適な12時間半の旅を終えてJFK空港到着、入国審査、税関そして奥さんがお迎え、とスムーズに行くはずの渡米でしたがここで予期せぬアクシデント!!!


入国審査のゲートにいつものように入ると何故か今までの出入国の経歴や所持金などを細かく質問され何と、30分。挙げ句の果てに審査官にパスポートを取りあげられ空港内の移民局取調室へ。取調室では色々な人種の人間が20畳ほどのスペースで10人前後待たされており1人づつ移民局審査官に呼ばれて尋問を受けている。。


取り調べの理由は出入国が頻繁でビジネスビザなしに仕事をしている疑いがあるという事。確かにこの頃は買い付けの為にニューヨークはもちろん、韓国やタイなど月に1、2回は行ったり来たり。また3ヶ月以内の滞在における短期商用については旅行ビザで認められていたのでビジネスビザはありませんでした。ただ、移民局の審査官には大きな権限がありどんなステータスがあろうと審査官が入国ゲートで認めなければ入国はできないとの事。


色々と説明してもまったく聞き入れてもらえず結局、その場で手錠と足錠をかけられ完全な罪人扱い。ドラッグディーラーの疑いをかけられた如く、スーツケースやカバンもすべてあけられコンタクトケースの中まで入念に取り調べ。


身体検査(服もすべて脱がされ)までされ、夕方の到着時間から始まった取り調べが完全に終わったのが夜中過ぎ。この間、私は手錠と足錠をかけられたままで何もできず当然、空港に迎えに来ていた奥さんに連絡もとれず途方に暮れるばかりでした。


所持品からは当然、何も見つからずこれで釈放かと思いきや手錠のまま私の3倍もあるかと思うほどの大きな2人に護送車へ押し込められ空港近くの留置場へ。空港から車で15分程度の倉庫街の中の古びたビルの目の前に停まると自動的に大きなシャッターが開きそこにまた数人の制服が怖そうな顔でお迎え。


よくアメリカ映画で出てくる番号付のオレンジ色ツナギの囚人服と毛布とハンバーガーを渡されシャワーへ。数人の監視の元、囲いも無いシャワー室で手早くシャワーを浴び、渡されたブカブカの靴と囚人服を着て留置場へ。


そこは安っぽいパイプベッドが規則的に並んでるだけの殺風景なスペース。50人ほどを収容できる感じで監視員が数人待機している薄暗い広い部屋でした。トイレとシャワーは同じ空間にあり、仕切りも無く丸見え状態。


私が入るといきなり薄暗い中から怪しげな50人の人間がゾロっと寄って来ました。日本人が来る事が少ない為か興味本意で色々な質問をされるだけでした。話をしてみるとやはり入国時のトラブルでここに留置されている人ばかりでそれほど危険そうな人間もいなかったので眠りに就きました。


翌朝はプラスチックのトレーに載ったカラフルなコーンフレークの朝食を済ませ、しばらくすると番号で呼ばれ、強制送還と言う事でまた護送車で空港へ。空港で手錠を外してもらえると思いきや何と!ビジネスクラスの席まで手錠のまま連れていかれ、他の旅行者に「どんな悪い事をした男なんだ?」と言わんばかりで非常に気まずい状況でした。


前日の飛行機と同じフライトアテンダントだったので手錠姿で機内に入ってきた私に思わず「どうなさったんですか?」と緊張気味。「いや~実は色々とあって・・・。ゆっくり帰りの14時間で話します」とそのまま眠りに入ってしまった。


続く・・・